最近、私への信仰が薄らいでいるせいか、どうにも力が出ない。
このままでは私の存在が危い。
――そろそろ私の力を、人間どもに知らしめてやるときが来たようだ。
人間は古来より神という存在を作り出し、自ら作り出した存在を崇め奉ってきた。
私は、その人間の思念が凝縮されて生まれた存在――人呼んで神である。
人間の神に対する信仰が深まれば深まるほど、私は力を持ち、その大いなる力を消費することで、人間どもに奇跡を示してきた。奇跡を示すことによって、人間どもは神に対して従順になっていき、それによって、私はますます力を強めていった。世の中はギブアンドテイクだと常々思う。
昔はこの需要と供給がうまく成り立っていたが、最近はどうも人間の神に対する信仰が薄らいでいるようだ。特に日本は。
そこで私は、新たなマーケットを求めて、日本に進出することにした。奇跡を示してやれば、神に対する信仰も深まるというもの。ウッハウハである。
日本に着いた私は早速、奇跡と言う名のイベントを起こすために必要な"生贄"を探すことにした。生贄には、薄幸の少女と相場は決まっている。これは私の永年の市場調査でわかったことだ。特に日本は。
すぐに生贄にうってつけな人材が、山ほど見つかった。日本は不幸な少女ばかりだった。調べでは、最近そういう泣ける不幸な少女が、急速に増えているという。まったく嘆かわしい。世も末である。
私はその中の人材を選りすぐり、ある一人の少女に目をつけた。
その少女の名前は、月宮あゆという。最近母親と死別し、偶然知り合った少年と木で仲良く遊んでいたときに、その木から落下して病院で生死の境を彷徨っているという、これだけでも人間どもは泣きそうな経歴を持つ少女である。
私は少女の精神に、コンタクトをとることにした。とりあえず、生死の境を彷徨っている少女に少しだけ力を分け与え、意思の疎通ができるようにした。
『汝の名は、月宮あゆか?』
少女の精神に、思念を送り込む。
『……誰……?』
しばらくして少女の思念が返ってくる。思念だけで"会話"しているので、お互いの姿は分からない。
『私は、お前たち人間の概念で言うと神と呼ばれる存在だ』
『……神様?』
段々、意識もはっきりしてきたようなので、早速本題に入るとする。
『今、汝は生死の境を彷徨っている』
『え……?』
何のことだか分かっていないらしい。
『汝は、少年と戯れている最中に大木から落下したのだ』
『じゃあボクは……?』
『生死の境を彷徨っておるのだ』
『ええ……?』
どうにも実感が沸いていないらしい。
『ボク死んじゃうの……?』
『本当ならば、汝の生命はここで費えてしまうのだが、汝には――まぁ"選択肢"というものをやろう』
『選択肢……?』
『汝にある選択肢は二つ。このまま死を迎えるか、7年後に力を得て復活するか』
少女に与えられた二つの選択肢――選択肢を与えるのはいつものことである。そして、その選択肢には条件がある。
条件があるのは――人間が条件を望むからだ。人間というのは、無条件の奇跡を信じてはいないらしい。
『ただし7年後――汝は自らを犠牲にするか否かの選択が迫られることとなる』
私は少女の未来を知ることができた。何故私にそのような力があるのか――これも人間の望んだことなのだろう。最近は、その神を望む人間どもも、減ってきてはいるが……。
『……ちょ、ちょっと待って……!』
一気に思念を送り込まれたからだろうか、少女が混乱している。
『急かすつもりはないが――汝の生命はもはや風前の灯。急がねばその灯も費えてしまうぞ?』
最初から、少女に選択肢を与えるつもりはない。こちらとしても、少女には"生贄"になってもらう必要がある。白羽の矢がたったのだから、有無は言わせぬ。
『ただこれだけは言っておこう。汝は未来を変えることができる。と』
『未来……?』
『結論が出れば望むがいい』
それだけ言って、私は少女とのアクセスを切断した。
少女とのリンクを遮断した私は、虚無の中で一人考える。
先ほど、私は少女の未来をかいま見た。
だが個人の未来を見ることはできても、人類の未来を見ることはできない。人類が結末を知ることを望んでいないからなのだろうか。
その人類も最近は、神を捨てようとしている。人類が神の元を離れるときが来たのだろうか? ならば私が消えるのも世の必然か。
――永年一人で過ごしてきた神は、ちょっぴりおセンチなのであった。まぁ、神はそれを寂しいとは思っていないが。
病室に女が二人いた。
「どうですか? 具合の方は?」
ベットの脇にある椅子に座る髪の長い女性が、点滴を取り替える看護婦に尋ねた。
「容態は安定していますが……」
点滴の取替えを終えた看護婦が、ベットで眠る病室の主人に目を向けた。
「まるで夢を見ているみたいね」
病室の少女は、眠り続ける。
<終わり>