雪の温もり

「うぐぅ」

 水瀬家の固く閉ざされた門を前に、少女は固まっていた。

 吐く息は白い。地面も白い。目の前も白い。白一色の世界がうすぼんやりとしたナトリウムライトの街灯に照らされて、わずかに輝く。

 気が付いたらここに立っていた。本当に気が付いたらここにいたのだ。何でボクここにいるの? と自問したくらいだ。

 ただ彼に逢いたい、それだけを考えていたら、ここに立っていた。

「はぁ……」

 これで何度目になるのであろうため息を、少女はついた、が、さっきまでのため息とは少し様子が違った。

 少女の目線が彼のいる二階の部屋――そして木へと移る。

「……がんばるもん」

 まとわり付く雪は、少女のライバル。

 そして立ちはだかる木は、敵ながらにして彼の元へと、我が身を渡してくれる唯一の手段。

 ――木登りは得意だもん。高いところは苦手だけど、ね。

「うぐぅ」

 木の中途半端な位置で、少女は硬直していた。吐く息が荒い。登るのに必死だったためか、頭に血が上ってなんだかボーっとする。

 ここからどうしよう?

 >木から降りる

 >ジャンプして飛び移る

「どっちも無理だよぉ……」

 吐く息は白い。

 雪は深々と降り続ける。

 まとわり付く雪を払いのけようにも、この体勢を維持するだけで精一杯だ。冷たさでかじかんでいる手を動かしたら、間違いなく落下するだろう。

(昔は木登り得意だったのに)

 少女は昔、自分がスイスイと木に登っていたことを思い出した。クラスの友達が、ボクを見上げてすごいっ、って言っていたのが昨日のようだ。

 ……祐一くんに逢いたいなぁ……。

 手の感覚が、だんだん消えてきた。さっきまでは、とても痛かったのに。冷たくて、とっても痛かったのに。

 次第に不安になってくる。このまま、ずっとここにこうしているのだろうか? そんなことになったら凍え死ぬ。

 ……寒いよぉ……逢いたいよぉ祐一くん……

 薄れゆく意識の中、少女は彼を想った。いつも意地悪な、でも大切な彼を。

 気が付いたら、ベランダにいた。本当に気が付いたらここにいたのだ。あれボクどうしてここにいるの? どうやって登ったの? と自問したくらいだ。

 彼に逢いたい。それだけをずっと想っていたら、ベランダに立っていた。

 ……祐一くんに逢いたい……

 灯りのともっている部屋の窓を、少女はノックした。部屋は暖房が効いて暖かいのだろう。窓についた雪がゆっくりと融けていく。

 でもボク、寒いよ。

 だから温まりたい……。

 まとわり付く雪が、今はいとおしい。どんどん冷たくしてもらおう。だってその分温めてもらうんだもん。

 意地悪な彼の、胸の中で。

【終】

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