運命はいつだってEX!
1 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 00:03:00
 月宮あゆが街を歩いていると、突然、光が!
「うわー」

 数日後、

 相沢祐一が町を歩いていると、白装束に身を包んだ女と遭遇した。
「久しぶりだね、相沢君」
「? 誰だ?」
「私の名前は月宮あゆ! 白の光を浴びて、生まれ変わったのだ!」
「お前頭大丈夫か?」
「何を言う。おかしいのは、未だ目覚めていないキミたちの方なのだ! キミも白の洗礼を受けて、真っ白に染まるがいい!」
 月宮あゆの身体が、白く輝き始める。
「な、なんだぁ!?」
「穢れなき無垢なる白に、魂を洗いなおすのだ! 相沢祐一ーーーー!」

2 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 00:08:08
「あら、お帰りなさい祐一さん……あらどうしたの? 真っ白になって。雪かしら……お風呂沸かしましょうか?」
「いいえ、お構いなく秋子さん……」
「? 祐一さん?」
「今日は素晴らしい体験をしたんですよ秋子さん……フフフ」
 祐一の身体が輝き始める。
 そして……。
 一滴の涙が、零れ落ちた。
「? 祐一さん??」
「運命を見通すとき……私は溢れる涙を……抑えきれなくなる……」
「運命……?」
「秋子さん……運命ですよ。運命は……変えられない……我々はただそれを受け入れるのみ……」
 そして……。
 その翌日に、秋子は交通事故に巻き込まれた。

3 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 00:21:58
「光を……もっと光を……」
 月宮あゆの体から、光が漏れ出す。
「うぐぐ……この世界を真っ白に……白く白く……我はこの世の闇を晴らす存在……光の使者なのだ……! がは! それだけは……それだけはできないようぐぅ……」

 美坂栞が歩いていると……。
「君が美坂栞だね」
「どちら様ですか?」
「私の名前は……月宮あゆ。白の光の洗礼を受けた光の使者だよウグゥ」
「あの……宗教とか……よく……」
「違う! 宗教ではない! 我らは万人に救いの光を差し伸べる存在だよ!」
「え、えぇー……?」
「今、君は困っていることがあるね……私は君の運命を見通し、その運命に導かれてココまで来た……運命の輪は、今廻り始めたのだ!」
「ふぇ……」
「お姉ちゃん……」
「え?」
 美坂栞がはじめて、月宮あゆの顔を見た。
「君のお姉ちゃんのことで困ってるんだね。お姉ちゃんの苦しそうな姿が見えるよ……」
 そして、月宮あゆの瞳から涙が溢れ出した。
「ど、どうしてそれを……」
「見える、見えるよ……お姉ちゃんはこれから苦しみぬくんだよ。妹を否定したその罪に生涯囚われてね……」
 栞は唖然としている。
「そしておねえちゃんが最後の勇気を振り絞って謝ろうとしたとき……君はもういない……」
 栞がひぅ、っと悲鳴を漏らした。
「そ、そんな……私、どうすれば……っ」
 栞は、あゆにすがるようにして聞いてくる。
「悲劇……だね。でもこれは……運命なんだよ栞ちゃん……運命は受け入れるしかないんだよ」
「そ、そんな!」
「そのための強さをあげるよ……悲しみは心の闇を生み出す……それが憎しみを招き、人々を破壊に導く……。心を真っ白にすれば、我らに恐れるものはない!」
「心の闇……白……」
「さぁ白の洗礼を受けるのだ美坂栞ーーーーーー!」
「あああ……光が……まぶしい……でも……もっと光を……もっと光をぉぉぉーーーーーー!!」

4 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 00:35:54
 秋子が交通事故に遭い、水瀬名雪は部屋に篭ってしまった。
「名雪……」
「ほっといてよ祐一……」
「名雪……その悲しみは……運命だ」
 すると……。
「運命!? お母さんがこんな風になるのがぁ!?」
 名雪の部屋から怒号が飛ぶ。
「名雪……その心の苦しみ……君の心は暗い暗い……心の深遠に沈もうとしているね……私が君を光で導いてあげるよ」
「あ……ああ!?」
 いつの間にか、祐一が部屋の中に入っていた。
「で、でていってよ祐一!」
「君の冷たく凍りついた心を溶かしてあげたいんだ……私の暖かい光で……ほら」
 名雪の頬に祐一が手で触れる。
「あ……」
「私がずっとそばにいてあげるよ……。それでも不安かい?」
「ゆ、祐一……。でも……今は……今は……」
 名雪が祐一に背を向ける。
「運命を受け入れるんだ名雪……そのための強さを教えてあげるよ。私の愛の光で! 君の心を照らし出そう! さぁ白の洗礼を受けるのだ!」
 祐一の光が、名雪を包み込む!
「こ、この光……すごい……暖かい……。すごく暖かくて、気持ちよくて……。でも……怖い……怖い……怖いよ祐一、手を握ってよ祐一……」
「ああ、行こう名雪……」
 祐一は名雪と手を繋いだ。
「祐一の手…暖かいよ……」
「さぁ名雪……行こう!」
「うん……」
 名雪は祐一を受け入れた。
「ああ、あああああーーーーーーーーーー――……」

5 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 00:45:18
 美坂香里は誰よりも早く学校に登校するのが日課になっていた。
 だが、この日は違った。
「あら、相沢君に、名雪。早いじゃない」
「やぁ美坂君」
「おはよう香里」
 二人とも笑っているが……。
「?」
 どこか違和感があった。
「二人とももういいの?」
「なにが?」
「なにがって……ほら事故よ……」
「ウフフ、わたしは祐一のおかげで強くなれたの。祐一のおかげだよ。ねっ」
「ああ……」
 二人とも笑い合っている。
「そ、そう……」
 その妙なやり取りに、香里は少し引いてしまう。
「お似合いよね、二人とも」
「そうか? 私はずっと名雪と一緒にいると誓ったんだ」
「うん、でもそれだけじゃ不安だったから、あの晩にわたしは白の洗礼を受けたの」
「そ、そうなんだ……」
 香里の顔が引きつる。
(恥ずかしげもなくよく言えるわね……あんたたち)
「もうじき、白のウェディングドレスを買ってやらないとな」
「素晴らしいよ祐一! 無垢なる白いドレスはわたしたちをきっと幸福にしてくれますわ!」
(帰ろうかな……)
「? どうしたんだ美坂君」
「ん、ま、元気そうで……良かった、わ」
「でも君は元気がなさそうだね」
「そんなことないわよ」
 すると……。
「そうだ祐一。香里の運命も見通してあげようよ」
「そうだそれがいい。私たちが香里を導いてやるのだ。輝ける未来にね……」
 二人が不気味に笑い合う。

6 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 01:15:11
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 香里が身構えるが……。
「可哀想な香里……わたしは香里の未来が見えるよ……ねぇ祐一?」
「ああ……」
「ちょ……あんたたち!?」
 二人とも、涙を流し始めた。
「香里……哀しいよ。こんな悲劇があるなんて。心清らかな香里は、生涯罪を背負って生きていくんだね……」
「ああ、哀しいよ名雪。本当の気持ちを伝えようとした時、栞ちゃんはもう……」
「ど、どうして知ってんの!?」
「私には見えるよ……君たちの運命が! それに導かれて、私は今日、君とであったのだ。君と今! ここにいるのは! 運命なのだよ美坂君!」
「わたしと香里が友達なのも、すなわち! 運命! わたしたちはその運命の軌道をなぞっているにすぎない存在なのだ!!」
「あんたたち、ちょっとおかしいわよ!? どうしちゃったのよあんたたち!」
 香里が今度こそ恐怖の感情を露にする。
 そのとき……。
「もう苦しむことはないんですよお姉さま」
 全員が、その声の主の方を向いた。
「あ、あんた……」
「君が、美坂栞君だね?」
「ええ、ご機嫌麗しゅう」
「あ、あんた……し、知らない! あたしに妹なんていない!!!」
「大丈夫だよお姉さま……。私は月宮あゆ様によって洗礼を受け、光の使者として生きる決心を固めたの……。その生涯を、万民の魂の救済に当てよう! そして今私は、世界六十億人の妹となろう!」
「素晴らしい……素晴らしいぞシスター栞! 君も盟主たる月宮あゆ様から直々に洗礼を受け、帰依したのか! どうして認めないのだ美坂君、この素晴らしく敬虔な妹君を!」
「これはとても名誉なことなのよ香里……月宮様こそ我らが『奇跡の結社』の盟主様なのだから!」 
「あんたたちおかしいわよ! 異常よ!」
 香里があらん限りの罵声と罵りの言葉を上げる。
「お姉さまの魂を救済するのは愚妹たる私の願いでありました……さぁお姉さま……私と共に真実の光を……そして導かれるのですよ、奇跡の結社へと!」
 栞の身体が輝き始めた!
「ひ、ひぃーっ……!」
 香里が悲鳴を漏らした。

7 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 01:43:15
「ふざけないで! 私はあんたなんて子を妹に持った覚えはないわ!」
「ふぇ……」
 そして……
「あ、おい!」
「栞ちゃん!」
 栞は、出口まで駆けていった。

 すると今度は光に包まれる。
「あああ……!」
 その眩しさに、香里は呻いた。

『こ、ここは……』
 気が付くと、香里は病室にいた。
「栞! 栞!」
「しっかりしろ栞!」
 父と母が、懸命にベットの栞に声をかけている……。
『し、栞……?』
 医者が瞑目して立ち会っている。
『これは……栞の……!?』
 その時、香里はあることに気付いた。いや気付いてしまったといったほうが言い。
『あたしが……あたしは何処? 栞の臨終の寸前なのに!?』
「おねえ……ちゃん……」
 栞の声が、響いた。香里の耳には、はっきり聞こえた。
「お姉ちゃんに……会いたかった……な……」
 そして――
 二つの音が、病室の全てを支配した。
 甲高い電子音と、ドアを開ける音。
 そして沈黙が流れた。
『ご臨終です』
 香里は呆然とその光景を眺めている。上から、そしてドアの前で。
 父と母がうなだれ、泣き崩れているのを……。
 ――あたしはずっと罪を背負って生きていくんだ……栞を否定したまま、最後まで謝れなかった……。間に合わなかった……。最後に……最後にやっと……ドアを開けたのに……。
 ――栞はずっと苦しみぬいて死んでいったんだ。あたしはこれからずっとその分まで苦しんで生きていくんだ。人を否定した罪は、殺人だ……。
『あ、ああ……』
 未来の香里の思念が、香里に入り込む。
 ――あたしはずっと十字架を背負って生きていくのだ。最後の最後まで……栞を否定し続けた罪を背負って……。
『そんな……そんなの嫌……嫌ぁぁぁ!!』
 香里は絶叫した。脳裏に、栞の最後の声が響いてやまない。
『お姉ちゃんに……会いたかった……な』
 最後まで、存在を否定された栞は苦しみぬいたに違いない。もうどんな幸福があっても、幸せと感じることはないのだ……。
 香里の心は絶望に沈んだ。

 全ての空間が黒で塗りつぶされていた。
『お姉さま』
「栞……栞なの?」
『これは……運命なのです……私たちはこうなる運命なのです……お姉様は私を拒絶し、そしてこの日を迎えるのです……』
「そんな……そんなの嫌よ栞……私が悪かった……だからお願い……お願い許して……お願いだからお姉ちゃんを許して……っ」
『この未来は避けられない運命なのです。ですが……白の洗礼を受けた私は、幸福でしたわ……』
「そ、そんな!」
 香里は慟哭する。
 そして……。
「栞……あなたは幸せだったの?」
『ええ……幸福なる太陽の光を享受し、なんの憂いがありましょう……さぁ、お姉さまも福音に導かれるのです!』
「あたしには……その資格がないわ……」
『お姉さまはもう苦しみましたわ。十分に償い、お姉さまは赦されるのです……』
「栞……あたしを……あたしは赦されるの?」
『もちろんですわお姉さま。そして必ずや光は迷える魂を救済せしめるでしょう! さぁお姉さま! 光の洗礼を受けて、心を真っ白にし! 運命を受け入れるのです!』
「ああ、光が……身も心も真っ白になるような強い光……!! 壊れそうなほど強い光……! もっと光を……もっと光であたしを照らして……! もっとあたしを輝かせて! もっとあたしを強い光で……ああああああああああああーーーーーー!!」

8 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 02:30:37
 そして……。
 全校集会が開かれることとなった。
「こんなときに全校集会なんて珍しいよな。何かあったのかな」
「フフフフ……君たちの人生は、今日、変わる……運命に導かれることによって!」
「そうよあなたたち……。あたしたちの未来は真っ白な光が降り注ぐ楽園だと知るのよ……」
「?」

 そして迎えた全校集会。
 川澄舞が体育館に向かおうとすると。
「……犬さん」
 体育館の前に山犬がいた。
「あ、舞!」
 舞が犬の前に駆け寄るのを、佐祐理が止める。
「はいお弁当っ」
「ありがとう佐祐理……」
 そして二人は、生徒の群集からはずれ、山犬とともに裏庭に向かった。

「なんだろな、一体」
「さぁ……」
「…………」
 不吉な予感を、天野美汐は抱いた。
 そして、白装束の女が教壇の上に現れた。
「だ、誰だあいつ」
「静粛に、諸君」
 白装束の女が静止を促す。
「早速だが君たちに今日は素晴らしい光景を見せよう。心の中にある闇……それら全てを払拭する……! 聖なる白銀の光をね」
 全校生徒が一様に訝しがる。
「真実の光を浴び! 穢れきった魂を無垢なる白に戻すのだ!! さぁ目覚めるのだ諸君! そして運命を見よ! 君たちは今、奇跡を目撃するのだ!」
 月宮あゆから光が放たれる!
「うぉぁあああ! あぁぁぁぁああああああああーーーー!」
「きゃああああああああああーーーー!」
 体育館が白の光で包み込まれた。

「はぁ……はぁ……!」
 天野美汐は集会を抜け出し、必死に走った。
 だが……。
「逃がさぬ……ウグゥ」
 既に校舎のあちこちに、生徒は散ってしまった。
 校舎から出ることも出来ず……そして今、倉庫の中に身を潜めている。
「い、一体……あれは……!」
 思い出すだけで身も凍った。

 突然……
「素晴らしい……素晴らしい! これが真実の光!!」
「私たち迷える子羊を導いてくださる、運命の輪!」
「そうだ諸君……君たちは真実を知ったのだ。真っ白な光を浴びることによって身も心も無垢なる魂となった……穢れた魂では見ることが出来ない真実……これが運命なのだよ!」
「運命!」
「そうだ運命だよ!」
「月宮あゆ様! 盟主様!」
「力なき私たちに月宮あゆ様のお導きを!」
「いいえ、私が導くのではありません。運命が導くのです……私はただの無力なる一生徒なのですから」
「デスティニー!」
「これは、運命なのです!」
「デスティニー! デスティニー!」

 あまりにも恐るべき集会に、天野は抜け出してきたのだ。
 他にも何人かが抜け出たようだが……。
「魂の救済だ!!」
「あああああーーー……」

「助けて……」
 天野は一人呟いた。
「当然だよ。怖がることはない……私が君に救いの手を差し伸べてあげよう!」
「そ、そんな!」
「君がここがここにいること、私が運命に恐怖する君を見つけ出し、救済するのも運命……これは決まっていたことなのだ!」
「い、いや……助けて誰か!」
「君はまだ真実の光を浴びていないのだね……。さぁ我らと共に光の階段を上ろうではないか!」
「誰か!」
 天野は叫んだ。
「真実を受け入れる勇気がないのか……怖がることはない……洗礼を受け、真実の啓示を知れば、君は運命を受け入れられる力を得るのだから……!!」
(運命……それを受け入れる……力……)
「さぁ真実の光に導かれよ!」
 男の身体が発光した!

 天野の脳裏にビジョンが浮かんだ。
(あ、あれは……!)
 目の前に、子狐がいた。
(あの子は……ダメ! ダメ行かないで!)
 そして……。
 目の前に女の子がいた。
(この子は……)
 場面が変わり天野は男と話をしている。
『消えます。初めからいなかったかのように』
(あの子が……消える……?)
 天野は何故か先に出てきた女の子が消えると思った。
(あの子は……まさか!?)
『君はこの男に運命を啓示する運命にある……』
『わ、私が……?』
『そうだ。この子狐は、君とこの男に悲しみをもたらすのだ……。それは、君のトラウマを刺激する』
『私の……。!』
『君もこの男も、この悲しみから逃れられないのだよ……最愛の人が消えてなくなる瞬間に!』
『!!』
 そして、場面が変わる。

9 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 02:53:55
 最愛の人がなくなった悲しみに、少女の美汐は打ちひしがれていた。
 その時の感情が流れ始めてくる。
(いや、……やめて……やめて!!)
 それは心の傷に光で焦点をあて、さらに痛めつけるような行為だった。
『この悲しみが、君に再び襲い掛かるのだよ!』
(そんな……そんな!)
 この身を切り裂くような悲しみが、再び待っているというのか。
『君とこの少女は結ばれ……だがそれゆえに、このような悲劇をもたらすのだ!』
(耐えられない……もう耐えられない……)
 愛しい人と離れ離れになる苦しみにもはや美汐は耐えられなかった。だからこそ、人を避けて生きてきたのだ。これ以上、人を愛して苦しまないように。ガラスのようにもろい自分の心を守るために。
『だが身も心も真っ白になれば、この辛い運命も受け入れられるのだ! 君の傷ついた魂を、無垢なる白に染めなおすことによって!』
(この辛い記憶を……消す……)
『心の傷跡、悲しみの痕跡。それこそが陰だ! その陰が邪悪を育み、破壊を呼び、人々を苦しみの連鎖に巻き込んでいくのだ。我々光の使者はその陰を徹底的に! 消し去っていかなければならない!』
(心の……陰……)
 天野の心にある悲しみ。それはいつしか人々の日常を暗く黒い瞳で塗りつぶそうとする、邪まな感情になっていなかったか。
(私から人がいなくなる……私が暗い瞳で人々を見ているから……)
 その瞳に射抜かれることによって、人は後ろめたくなるのだろう。自分たちが幸せでいることが。それはつまり、天野が人の幸せを妬んでいることに他ならない。
 自分がこんなに傷ついているのに、他人が傷ついていないことを許さないでいることに他ならない!
(あ……ああ……!)
『か弱き君の心を、我が救済せしめん!』
 男の身体が、天野の身体を包み込もうとしていた!

10 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 20:33:40
『悲しみ、それはモンスターだ。怪物だ。人の心を邪悪に染める悪魔だ。我々光の使者はそれら悪魔を打倒する正義の使徒なのだ!』
(う……うう……)
 天野の心は大きく揺さぶられていた。
『さぁ、真実の光を受け入れ、運命を目撃せよぉぉーーーー!』
(ああ……ああああ……この光……私のすべてが曝け出されそうな眩しい光!)
 天野の身体が男の放つ光に包まれようとしていた。

 その時!

「ぐあっ!」
 突然、男が悲鳴を上げた。
「……あれ?」
 天野が恐る恐る目を開けた。
 すると倒れる男の前に、170センチくらいの長身の女生徒が立っていた。
「悲鳴が聞こえた……大丈夫?」
「……は……はい……」
 だが……。
「グニニニニニ……君も聖なる光を浴びていないのか……」
 男は何事もなかったかのように立ち上がった。
 女生徒がそれを見て少し眉を上げる。
「……もっと強く打つべきだったか……」
「君も光の洗礼を浴びて、目を覚ますのだ!」
 男が手をかざすと、凍てつく波動が放たれた!
「うっ……」
 女生徒の身体が見る見るうちに霜だらけになっていく!
「ああっ!」
 天野が悲鳴を上げた。
「ふははは! 白く! 白く真っ白に染まるのだーーーーーーーーー!!!」
「この力……一体あなたは……?」
 男の放つ猛吹雪を、女生徒は必死で耐える。
「これこそ世界を真っ白に染めるために月宮あゆ様より頂いた力! 世界を白銀の雪で真っ白に染め、雪で世界を覆いつくすのだぁぁーーーー!」
「くっ……うっ……!」
 女生徒が片膝をついた。
「悔い改めよ! 私の慈悲を受けもっと真っ白になるがいい!」
「舞!」
「うぐ……佐祐理……ぐあああ……」
 絶体絶命である。

11 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 20:45:15
 山犬にお弁当のご飯を上げていた佐祐理たちであったが、突然、舞が走り出してどこかに行ってしまった。
 慌てて後を追った佐祐理だったが……。
「舞!」
 舞は猛吹雪を受けて、うずくまっていた!
「見えるだろう……真っ白な世界が! 白の世界の中で道しるべなき人は堂々巡りを繰り返す……今の君がそれだ! だが全てがホワイトアウトした白銀の世界においても、我々は迷うことはない。運命が! 我らを導いてくださるのだから! さぁ君も運命を受け入れるのだ!」
「あぅぅ……」
 舞のうめきが弱弱しくなっていく。
「や、やめてくださいっ!」
 佐祐理が男につかみかかろうとするが……。
「邪魔をするな!」
「きゃあ!」
「神聖なる儀式の邪魔をするものは許さぬ! 私が怒っているのではない。運命の先にいる彼女が怒っているのだ! 彼女は今! 生まれ変わろうとしているのだ! 私の愛に包み込まれることによってッ!」
「ぐっ……二人とも……逃げて……!」
「い、いったい……どうすれば……」
「舞! 舞ーーー!」
 天野も佐祐理もただ見ていることしか出来ない。
 その時!
「な……なあああああああああああああーーー!?」
 突然、光がはじけた! 同時に凄まじい衝撃が場にもたらされる。
「きゃあーー!」
「うあああ!」
 吹雪がやんだ。

 そして……。
「うっ……」
 天野が気を取り戻し、立ち上がる。
 すると……。
 二人の間に、大きなくぼみが出来ていた。
 男も二人の女生徒も衝撃で気絶し、倒れている。
「い……一体……何が……?」
 恐る恐る天野がそのくぼみをのぞくと、金属の塊が煙を上げて埋っていた。
「こ、これは……?」
 倉庫のような形をした金属塊は、先ほどの衝撃で鍵が外れていた。
 中身が少し見えている。
「い、一体……」
 恐る恐る中を開けてみると……?

12 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/09(月) 23:53:03
 金属の塊にはカプセルが入っていた。
「なんでしょう……?」
 開けてみると……。
 中に入っていたのは、一組のカードだった。
「これは……タロット?」
 しかし……。
「どうして……こんなものが空から……?」
 と、その時であった。
 天野は昔のテレビのある番組の企画を思い出した。
「我が社は新たなるタロットカードを開発する為、幼い子供達から新たなるタロットのカードのイメージを募集することにした!」
「採用されたデザインはタロットにして、タイムカプセルに詰めて宇宙に打ち上げられる。宇宙の意志の波動を受けた新たなタロットカードを生み出すこの壮大なプロジェクトに――」
 男がカメラに向かって指差す。
「お前たち、子供の自由な発想が必要なのだ! こぞって応募するがいい! フハハハハハハ!! ワハハハハハハ! ワーーハハハハハハハーーー!!」
「す、すごい! さっそくあたしも応募しよっと!」
 そして天野のカードデザインは、採用された!
「わーーーい!」
 天野のカードデザインが打ち上げられたとき……。
「新しいタロット……宇宙タロットってどんなのだろ!」
 と夢馳せたものである。

(こ、これは……あのときの!)
 今、天野の前に、子供の頃の夢の塊があった。
(あのときの……! 忘れていたドキドキ感……。いつの間にか、私は子供の頃の自由な発想を忘れていたのかもしれませんね……)
 さっそく天野は一枚めくってみた。
「きゃああああ……」
 カードから光が迸った。
『正位置のマジシャンの効果は、空想力,発明,工夫,口先のうまさを表す』
「う……うう……」
 男が立ち上がった。
「優しい闇を携えし者に死を……」
 男が掌をかざした。
(ま、また吹雪を出すつもりですね!?)
 天野はそのシーンを想像し、身の毛がよだった。
 すると……。
「ウギャアアアアアアアあああああああああああーーーーーーーーー!!!」
 突然、男は猛吹雪に見舞われた!
「白に! 真っ白に! 染まる染まるうひゃーーー冷てぇーーーーーー!! アアアああああああーーーーーーーーー!」
(い、一体!?)
 突然の事態に天野は取り乱した。
(と、とりあえず今のうちに逃げましょうか……)
 天野は気絶している女子生徒二人を起こした。
「う……」
「んー……」
 二人が眼をこすって起きてくる。
「さ、今のうちに……」
 雪だるまになろうとしている男を背に、三人が走り出す。
 その時、天野は、
(まだ吹雪が収まりませんね……もし収まったら大変です。どうか逃げ切れるまで……)
 天野はいつもの癖で悪い想像をしてしまった。
 その時、突然吹雪がやんだ!
「はぁーー……はぁー……BE COOL!」
(こういうときに限って、どうしてよくない想像が本当に起きるんですかぁーー?)

13 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/10(火) 00:14:28
 悲観的な天野は次々とよくない想像をしてしまった。
(もし、さっきのがぜんぜん効いていなくて、それですごく怒っていて、百倍にしてお返しされたらどうしましょう……ああ! 私たちはもうおしまいです!)
「真っ白だ……真っ白に! 全身が真っ白になれたぞわたしはーーー!! ありがとう、君のおかげだ……君のおかげで私はさらに真っ白になれたのだーーーー!! さぁ君も真っ白になろう!」
 男から先ほどの数十倍はあろうかというような神々しい光が!
(あああ……もう終わりです……)
『天野! ワクワクするんだ!』
(……は?)
『思い出すんだ子供の頃のワクワクを! 自由な発想でキャラクターを思い描いたあの頃を!』
(でも……)
『思い出して!』
 すると不意に楽しかった少女時代の思い出がよぎる。
 クレヨンで画用紙一杯に好きなキャラクターを描いていた記憶……。
 枕で好きなキャラクターと空想の世界で駆け回った――今では恥ずかしいと思う――純真だったあの頃の感情が溢れてくる。
(! このタロットは私が子供の頃に描いたもの!)
 その時の気持ちを天野は思い出した。
 画用紙一杯にクレパスでキャラクターを描いた記憶……。
(あのときのワクワク! 思い出しました!)
 天野は子供の頃に大好きだったキャラクターを思い描いた!
「ああ、オスカル様!」
「なに!? 誰だこいつ!」
「オ、オスカル様が……本当に出てくるなんて……」
 天野は赤面して俯いてしまった。
 あの強く凛々しく、そして少女を守る憧れの騎士が、天野の目の前に降臨したのである。
 天野の心臓はなりっぱなしである。
 さらに、その騎士は天野を優しく抱いた。
 その細いが頼りがいのある腕の中で、天野は意識をさらわれた。

14 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/10(火) 01:18:15
「しっかりしてください」
「んー……」
 女生徒の一人に起こされて、天野は目を覚ます。
 オスカル様は既に消えていた……。
「夢だったのかしら……」
 天野は頬をつねってみた。
「覚めたから痛いに決まってますね……はぁ。年甲斐もなく浮かれましたよ……」
 先ほどまで吹雪を撒き散らしていた男は、薔薇まみれになって倒れていた。
「ああ……目覚める……目覚めそうだ……。もう少しで……もっと……もっと……」
 もう再起不能だろう。
「それにしても、さっきのあのオスカル様って誰ですか?」
「知らないんですか!? ……って、ああ……いえ、まぁ……その……あの」
 天野は言葉に詰まった。
「まぁ、あれですよ。妹の漫画を黙って昨日読んだのですが、たまたまそのキャラクターが思いつきまして……本当にたまたまなんですよ?」
 天野はしどろもどろになって答えた。
「そんなことよりも……このタロットは一体なんなんでしょう……あの金属の塊の中に入っていたのですが」
「ふぇ~……空から降ってきたんですか?」
『これはスペースタロット。宇宙の意思の波動を受けて進化した新たなるタロットカードだよ!』
 すると、それはそれは可愛らしい8歳ばかりなる女の子の姿が現れた。
『今、地球は破滅の光によって滅びようとしているの! 宇宙は生命を育む優しい闇とだね!』
「小さい頃の舞だーーーーっ!」
「…………」
 舞も少女もぽかんとして佐祐理を見た。
「可愛いーーーー!」
 佐祐理が歓声を上げる。
『話しの腰を折らないでいただけます!?』
「ふぇ~……これは失礼いたしましたー……っ」
『まーあれだよ。うちゅうからパーン!ってひかりがふってきてちきゅうをほろぼそうとしてるんだけどそれにたちむかうためにうちゅうにうちあげたたろっとにうちゅうのいしのはどうがあたらしいいのちをふきこんでくれてそれをあたしたちにたくしたの』
「意味が分かりません」
『えー……』
 すると信じられないと言った様子で、女の子が哀れみの目を向けてくる。
『ま! まってまって! あたしの話を聞いて!』
 立ち去ろうとする三人を、慌てて子供の舞が引き止める。
『宇宙のはるか彼方で数億年前にホワイトホールから多量のエネルギーが噴出されたの。ホワイトホールはブラックホールの出口……ブラックホールは宇宙の暗黒エネルギーを取り込み、それがホワイトホールから光の波動として放出されたんだよ! そしてそれが……地球に降り注いでいるの!』
「はぁ……」
『その光の波動に取り込まれたら、独裁者とかが生まれたりするんだよ! その光は地球に幾度となく降り注いでいるの……』
「そうなんですか……」
『でも今回の破滅の光は過去最大の量だったんだよ! その光が降り注いだのが……』
「降り注いだのが?」
『この街なんだよ!!』

15 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/10(火) 02:49:00
 ひとまず学校から出て、解散した三人であったが……。
 家に戻ってもなお、天野は不安に苛まれていた。
(これからどうなるんでしょう……)

 翌朝を迎え、天野が学校に登校すると……。
「眩しい!」
 学校が光り輝いていた。
 というより、雪に埋もれていた。
「い、一体何が……」
 天野が校門の前で呆然としていると……。
「白に……白に染めるのだ! 我らが白の世界を作り上げるのだーーーーー!」
 見れば、白装束に身を包んだ多数の者たちが、昨日の男のように吹雪を放って学校を雪で埋めていた。
「順調ですわ月宮様……革命の朝はもうじきかと……世界は清き光に包まれて、白く輝く新世紀を迎えるのですね!」
「月宮あゆ様のお導きを!」
「月宮様?」
「あ……祐一君……」
「月宮様?」
「ううん……期待してるよ……」
「あ、月宮様!」
 月宮あゆはスタスタと歩いていってしまった。
「月宮様はお疲れなのでしょうか……」
 水瀬名雪が心配の声をあげる。
「おいたわしや月宮様!」
 相沢祐一が嘆きの声をあげる。
「おいたわしや月宮様!」
「おいたわしや月宮様!」
 それに続いて次々と信徒たちが声をあげた。
(この学校はどうなるんでしょうか……)
「あ、おはようございます天野さん!」
 元気のいい声が、天野に聞こえた。
「あなたは先日の……おはようございます。倉田先輩に川澄先輩」
 校門で合流した三人であったが……。
「ああ! 学校が真っ白になってます!」
「かまくら……」
 雪に埋もれて、校舎は完全に見えなくなっていた。
「もう学校には入れませんね……」
「今日は休校みたいですね……」
 三人とも、校舎の前で呆然としていた。

16 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/10(火) 03:16:33
「うう、全ての世界を白に……真っ白に……ウグゥ……おなか減った……たいやきでも食べるか……」
 月宮あゆは行きつけの店でたい焼きを買おうとした。
「おじさん……たい焼き焼いてよ……」
「誰だい……?」
「ボクだよ……あ、こんな格好してるから分からないのか」
 月宮あゆは白装束のフードから顔を出した。
「なんだお嬢ちゃんか。お金はちゃんとあるかい?」
「うん、持ってるよ」
 月宮あゆは財布を取り出した。
「…………」
 なかには、生徒たちが寄付した金員で一杯だった。
「一万円しかない」
「ええ!? 嬢ちゃん随分大金持ち歩いてるね?」
「うん……」
「お嬢ちゃん。随分お金持ちなんだね。いいとこのお嬢ちゃんなんだね。ハハハ……」
 力なく笑う親父は、どこかあゆをうらやむような、惨めな自分を嘲笑うような表情を見せた。
 そのとき。
「うう……ぬぅぅぅ」
 あゆの脳裏に声が響く。
(たい焼きの買い方も値段も知らないような……いや、きっと外に出たことがないようなお嬢ちゃんなんだろうな。貧相な物を食べてないんだろう。お金なんて持ち歩かなくても、何でも買ってもらえるんだろうな……)
「ど、どうしたんだお嬢ちゃん……?」
「うう……うぬぬおおおおおああああ……」
 月宮あゆから白い光が放たれる!
「白の……白の洗礼……あなたにも見えるだろう……光……光の道筋が……人類が歩むべく栄光の未来が……フフ……フハハハ……ハハハハ」
「ど、どうしたんだお嬢ちゃん……! うわー」
「フフフ……光ですべてを満たすのだ! 飢えも! 苦しみも! 悲しみも! 楽園を追放され、人類が受け続けた受難の全ては……! もうじき終わるのだ! 光溢れる天国の階段を上ることによって!」
「ああ……ああああ……!!」
「君も連れて行ってあげるよ……予定説は君を選んだのだよ……君は救われる選ばれた特別な人間なのだ! 思い出すのだ、そして戻るのだ! 赤子の頃の穢れなき魂の白さを! さぁ……共に神の国に向かおう!」
「お、オレが……もう苦しむことはないのか……本当はたい焼き屋なんかやりたくなかったんだ……オレはもっと……もっと……会社さえ潰れなければ……もっともっと!」
「もう苦しむことはないのだよ……君の心にある煩悩……会社を潰した社会への怒り……! もっといい暮らしがしたい……もっとお金が欲しい、あいつはオレより優れている……劣等感……! 欲望とは劣等感が生み出すものなのだ! 自分になくて他人にあるものを欲しがる心……! その不全感を満たすために人は争い滅ぼしあう……! 劣っている部分を補完することで他人と平等な状態にしようとする……復讐もみんなそうだよ。自分はこれだけ苦しんでいるのに、あいつはのうのうと人生を送っているのが許せないという感情! 人間は不公平が許せないのだ! 復讐心は数学的な尺度と天秤で厳密に対価を求める! すべては心の闇が生み出すのだ! だがそんなもので苦しむことはないのだ! 心を原初の無垢なる白に染め直すことによってぇーー!」
「オレも……オレも天国に……オレみたいないくら働いても働いてもちっとも暮らし向きが楽にならない俺たちのような資本主義の負け犬階層……底辺の労働者階級の人間でも……天国にいけるのか! マルクス……社会主義……共産主義……みんな過ちだと思ってたのに!」
「さぁ行こう! みなが平等で、欲望もない――完全に満たされた世界へ!」
「マリア様! 聖母月宮あゆ様ーーーーーー!!!」

17 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/10(火) 03:44:57
「うぅ……すべてを飲み込む白の閃光……はっ! おじさん!」
「月宮あゆ様……私は欲深き過去の罪を悲しみます。しかし、それにとどまらず、罪を悔い改め、ふさわしい実を結ぶために、力を得ることができるようにどうぞ我らをお導き下さい……」
「うぅ……うわーーん!」
 月宮あゆは走った。走って走って走れなくなるまで。
 だが……。
『フハハハ……何を躊躇う……月宮あゆ……貴様は人々の魂を確かに救済しているではないか……』
「うぅ……でも……でも」
『真実を知り、運命を知った人間はやってくる滅びをも受け入れる強さを得たのだ……。これこそが幸福ではないかね?』
「うぅ……うぅぅ……」
『見るがいい、この世界はもうじき白に染まりきり、一度白紙に戻るのだ……そして再生される……破壊と再生……これを繰り返すのだ……これは運命であり、予定されたことであり、真理であり、宇宙の崇高なる営みなのだよ!』
「そんな……そんなの……」
『ちっぽけな考える葦に、崇高なる宇宙意思を邪魔することなど出来ない! 愚かなる人間ども……身を弁えよ! 科学が進歩し、神を気取り万能を騙り我が物顔で惑星の秩序を犯していく……星を蹂躙しつくす罪人どもが! かつての救世主が身を挺して神に祈り免罪された罪の量を……とうに超えたのだよ!』
「うぉああ……あああ……!」
『我らが光の使者が! 鉄槌を下すのだーーーーーーーーーー!』
「うぅぅ……」
『奇跡を起こす天使よ……貴様はその寄り代として人類の人柱となり! 滅びを望む人類の望みを適え続けるのだ!』
「ボ、ボクは普通の子なのに……」
『貴様にそんなものを望むものはいないのだ! 既に誰も! 誰もが! 貴様に! 救いを求めすがっているではないか!』
「誰も……もう誰もボクを……普通の子として扱ってくれない……ただ……奇跡の結社の一番偉い人としてしか見てくれない……」
『運命を受け入れるのだ月宮あゆ……いや、奇跡の少女よ!』
「そうだ……ボクは人々に願いを適え続け、ただそれだけのためだけにある存在……。それ以外はいらない……ボクには救いなんてないんだ……いいや……ボクは病気とか怪我とかで苦しむ人々の代わりに……苦しみを引き受け、苦しむだけの存在……! 人柱としての……役割!」
『だが人々を救済し、誰も貴様に祈りを捧げなくなったとしても……! 誰もが幸福な結末を! 天国を! 満たされた世界にたどり着けたとしても! 貴様は救われるだろう……天国に! 神は人々の苦しみを引き受けた貴様を必ずや救ってくださる……。そのための力を得たのだよ君は……。真っ白に染まることによって! 苦しみによって歪みきり、奇跡を願う欲望に犯された貴様の魂は純潔を取り戻し再生されるのだ! すべてを白紙に戻すことによってぇぇーーー!』
「ボクが……再生……輪廻……ボクが死んでも……みんなから忘れられても……運命の輪は動く! その輪は輪廻の輪……フフフ! ハハハハハ! 周れ周れ周れ……回して回して回して回しまくってあげるよ……すべてを真っ白に染め上げ! すべての人々の魂を運命の輪の先にある輪廻の輪に導いてやるのだーーーーククク……フハハハハ! ハハハハハ! アハハハハハハハハハハーーーーーーーーーー!」

18 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/10(火) 22:26:15
 学校が休みになったので、やることもない三人は適当にふらつくことにした。
「この宇宙タロットを引くと、何かが起きるんですか?」
『そうなんだよ、うん! しかも逆位置ででるときもあるんだよ! 宇宙って凄いね!』
「凄いんですか……」
「凄いですよー!」
「試しに引いてみますか?」
「占い代わりにいいですねーっ!」
『でも、よくないカードが出たら最悪死んじゃうかもしれないから注意してね!』
「怖っ!」
 そうこうしているうちに商店街についた一行だったが……。
「エヘヘヘーーーー! もっと雪を降らせるのーーー! 豪快に積もってるよ積もってるよ国士無双! 雪積もってるよ、積もりまくってるよ祐一!!」
「二時間くらいぶっ通して雪を浴びせたからな名雪! ふぅー! 精がドバドバでまくりだ!」
『なにやってるのよあんたたち!』
 8歳ばかりなる女の子が、声をあげる。
「月宮あゆ様の命だ! 街を白く染めておけと仰せつかったのでな……!」
『あんたたちにこれ以上この街を白くなんかさせない! あたしたちが相手になるよ!』
「なに……!」
「わたしたちの邪魔をするのは月宮あゆ様の邪魔をすること……ひいては運命に逆らうことと同じ! 許さないよ!」
 二人が三人に立ちふさがる。
『望むところだよ! さぁ行くんだよみんな! あの者たちを倒してこの世界を破滅の光から救うんだよ!』
「あの……勝手に喧嘩を売られても……」
『どうせ戦うんだし、いつか潰す相手なんだからいいでしょ!』
「そんな強引な……」
「喧嘩はダメですよー……」
「…………」
「運命を理解できないとは……わたしたちが君たち迷える子羊たちを導いてあげよう!」
『フン! 運命だのなんだの……だったらこっちはあんたたちを敗北の運命に導いてあげるよ!』
「なんでそんなにやる気なんですかー……?」

19 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/10(火) 22:57:45
「祐一! あの女子生徒たちを真っ白に染めてあげるんだよ!」
「それはいい考えだ名雪! 私の愛で君たちの心も身体も真っ白に輝かせてあげようじゃないか!」
『じゃあこっちも真っ白にしてあげるよ。敗北によってね……ウフフフ!』
「抜かせ! 光の使者に敗北の文字はない!」
『ならしっかり心と身体に刻み込んであげるよ!』
「……うるさい」
 舞が小さい舞を小突いた。
「受けよ! これが月宮あゆ様より頂いた聖なる光の力だーーーーーーーー!」
 男から白銀のオーラが放たれる!
『さっそくタロットを引いて!』
「で、でも危ないカードだったら……」
『えーいいじゃん別に、引かなかったらどうせ死ぬんだしー』
「…………」
「な、なら佐祐理が引きます!」
「佐祐理!」
「佐、佐祐理は……天野さんや舞と会えて本当に楽しかったよ……あはは」
『死亡フラグたっちゃうようなこと言ったらダメだよ!』
「うるさい」
 横ですごいリアルで硬質な音がした。
「佐祐理は皆さんのお役に立てればそれでいいんですよあははー……」
 佐祐理がタロットを引いた!
11.力の正位置
勇気、ファイト、情熱、積極性、元気を表す。
「ふぬおぁぁぁ……」
 突然、天野が雄たけびを上げた!
 そして……女とは思えないほどの筋肉が現れ始める。
「フシュルルル……」
「あれ……? 佐祐理が引いたのにどうして天野さんが……?」
『んー、作ったのはこの人だし!』
「はえー……」
 そして筋肉質な天野が姿を現した!
「ふぅ……ちょっと運動すっか……」
 天野は一息ついただけで男と女の放つブリザードを払い飛ばした。
「足りねぇ……シベリアも凍る格闘地獄を見せてやるぜ……」
「お、おまえ……女だろ……?」
 男が恐る恐る尋ねる。
「アメコミの女はこれくらいマッチョなんだぜ……?」
「いやここ日本ですって……」
「とりあえず、雪でもおろすっかなぁー」
 そしてマッスル天野は背筋を隆起させて、恐ろしい勢いで除雪作業を始めた。
「や、やめろ! せっかく白に染めたのになにを!」
 男がつかみかかるが……。
「寝てろ」
 ホッキョクグマも素足で逃げ出すような一撃で、男の身体は木の葉のように飛んだ。
「あああ祐一ーーーーーーーーー!」
 女が悲鳴を上げる。
「うるせぇよ女」
 女を天野が掴むと……
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーー!」
 謎の爆発とともに女は消し飛んだ。
「オレはフェミニストじゃねぇーんだ……女といえど手加減しねー……それに女は同性に厳しいんだぜ?」
「ほげ……」
女の髪の毛は爆発によってぷすぷすと縮れ毛になってしまっていた。

20 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/10(火) 23:10:08
 商店街は天野の活躍ですっかり元通りになっていた!
「ふぅ、いい汗かいたぜ……」
 すると……。
「あ、天野さんが戻りましたー!」
 天野は元の姿に戻ったのだった。
『すごいよ天野! 光の使者たちを秒殺!』
「え?」
 天野は首をかしげる。
『この調子でガンガン狩っていこうね!』
「いえ、あの……覚えてないのですが……」
『ま、いいじゃないいいじゃない! さ、街も元に戻ったことだしみんなで遊ぼうよ!』
「はぁ……」
「そうですねー」
『ウッ!』
 突然、8歳児(仮)が苦しみ始めた!
「ど、どうしたの!」
『突然、力が……!』
 そして、なんと女の子の姿が跡形もなく消えてしまった!
「あああ小さい舞がーーーー!」
 佐祐理が慟哭する。
 と、同時に舞も倒れていた。
「ま、舞が!」
「た、大変です!」
 二人が慌てて舞の身体を揺する。
「うぅ……うぅぅ……」
 舞が呻いている。
「も、もう……ダメ……」
 そして……
 事切れたように舞の体から力が抜けた。
「ま、舞ーーーー!」
 その時。
 グーーーーと盛大な音が鳴った!
「…………」
「…………」

 牛丼屋で舞は牛丼をあおるように食べていた。
『復活!』
「あ!」
 8歳児が復活した。
『あのねあたしは舞と一心同体だからさ、おなかすいちゃうと活動できなくなるのよ』
「ああ、そうだったんですか……」
「ごめんねー舞。いままで気付かなくて……」
『あたしが喋ってると、舞の意識が薄れるからね。だから黙りこくっちゃうようになるのよ』
「舞ーおなかすいてたらちゃんと言うんだよ?」
「……分かった」

21 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/10(火) 23:32:44
 月宮あゆは全てが雪で囲まれた場所にいた。
「ウゥゥ、相沢祐一と水瀬名雪が敗れ去ったか……フフフ、だが哀しいね……君たちの力……宇宙タロット! それすらも、いやそれこそが私の運命の歯車を動かす鍵となるのにね……ウグゥ」

 商店街で遊んでいると……
「泥棒だ!」
「たいやき泥棒の次は、肉まん泥棒だ!」
『肉まん泥棒か……オジサン! 肉まんだけに憎まんようにってね!』
「つかまえたぞ!」
「あぅーー! お腹すいたすいたーーー!」
 取り押さえられたのは、可愛らしい女の子だった!
「可哀想に……あんな小さな子がこんなことするなんて……」
 佐祐理は悲しみに目を落とした。
「お父様が大臣になった暁には、佐祐理は社会福祉の向上を進言いたしますねー!」
『助けてあげようよ!』
「いえ、それはちょっと……悪いのはあの子ですし」
 天野は及び腰だ。
 結局、女の子は懲らしめられることとなった。

 天野たちが商店街から帰ろうとするとき……。
「うぇぇええええーーーん!」
 泣きながら店を出てくる女の子を、彼女たちは再び目にした。どうやら一時間以上説教されたらしい。
「お腹すいたーーお腹すいたーーー!」
『そんなに肉まんが食べたいの?』
「あ、ちょっと!」
 あろうことか8歳児は女の子に声をかけてしまった。
「うん……」
『551の蓬莱の豚まんっておいしいよね! あーなんか食べたくなってきちゃったよ! ひとっくら大阪行って来る!』
 そして3分後
『帰ってきたよ!』
「はや!」
『だって、こう見えても舞はサイコパワーで一世を風靡したことがあるんだよ!?』
「……あんまり思い出したくないけど」
 辛い記憶を思い出してか、舞の表情がかげる。
『はい!』
 8歳児が女の子に豚まんをあげた。

 そして食べ終わった後……。
『ところで名前なんていうのー?』
「マコト……」
『いい名前だね! あたしは舞だよ舞!』
「ふーん……」

 と、その時!
「君たちが……優しい闇を持つ者たちだね……ウグゥ」
 白装束の女が現れた。
「だ、誰ですか?」
「私の名前は月宮あゆ……奇跡の結社の主催者ですよ……」
「な……」
 一同が絶句して、目の前の白装束の女とあいまみえる。

22 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/10(火) 23:44:18
 月宮あゆと名乗る女から、かつてないほどの白い光が放たれる。
『こ、この力……いままでの雑魚とは桁外れだよ! まさか!?』
「ウグゥ……もう知ってるみたいだから言うけどね。地球に降り注いだ破滅の光は……月宮あゆの身に降り注いだのだよ……」
 一同が絶句する。
「この世界を白く! 真っ白に染め上げ穢れきった人類を! この世界を! この宇宙を浄化することこそが! 我ら光の波動の意思なのだ! さぁ……運命にひざまづくがいい……優しい闇を持つ者どもよ!」
 月宮あゆから放たれる白いオーラがさらにまばゆいものになっていく。
『天野! こいつは今までの相手とは違う! さっさとタロット引かないとやられちゃうよ!?』
「え、ええ……まぁ……」
「タロットに運命を委ねるかね? カードは運命を示す……君たちもまた宇宙タロットの示す運命に逆らうことは出来ないのだよ!」
『何を言ってるんだよ! 運命はあたしたちで切り開くんだよ! カードをめくることでね!』
「なら、やってみたまえ」
『上等だよ! さっさと引いてぎゃふんと言わせてやろうよ!』
「まったく……いつも強引なんですから……」
 渋々、天野はカードをめくろうとする。
「その前に」
 それを月宮あゆが止める。
『なーに? 怖くなっちゃったー?』
 8歳児がからかうが……。
「私が予言しましょう……あなたの引き当てるカードをね」
「え?」
「あなたの引き当てるカードは……正位置の『塔』!」
『ば、馬鹿いわないでよ! なんで分かるのよ!』
「運命ですから」
『ワケ分かんない……』
「そしてそのカードの示す運命こそ、あなた方の破滅の運命なのです!」
「破滅……」
「正位置の塔が示すのは災難、破壊、失敗、事故、急病、危険、急な出来事……。そしてその力が、この世に破滅をもたらすのですよ……」
『そんなのありえないよ! 宇宙を破滅から救う宇宙タロットが、どうして破滅を招くようなことするのよ!』
「宇宙の意思の波動は一つだけではない……闇もあればそれを払う光もある……タロットはそれらすべてを備え、封印した……!」
『ま、まさか……』
「宿っているのですよそのタロットにも! パンドラの箱は開かれた……優しい闇の波動と、そして破滅の光の波動! その両方が!」

23 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/10(火) 23:54:45
 天野はタロットに手をかけたままとまっている。
「さぁ、どうしました? 破滅のトリガーを引くか、それとも……」
 月宮あゆが一歩ずつ近づいてくる。
『ハッタリだよ!』
「すべてを見通した私にハッタリなど無意味……どうしました? 引かないのでしたらこちらから参りますが……」
 月宮あゆから放たれる波動が収縮を始める。
 そして!
「危ない!」
 舞が天野を庇う。
 閃光と共に、天野がさっきまで立っていた場所を凄まじい波動が奔って行った。
 少しして、大爆音が聞こえる。
「きゃーーー!」
「あぅーーー!」
 そのあまりの威力に、四人が恐怖する。
「引かないのでしたら、あなたたちは取るに足りぬ存在……さぁ光で焼き尽くしてやろう!」
「ひ、引くしかないです!」
 天野がカードをめくった!
 そのカードは……
「そ、そんな……!」
『嘘でしょ!?』
 正位置の塔だった。
「フハハハハ! アハハハハ! アーーハハハハハハハ! 運命に逆らうことなど、できないのだよ!」
 月宮あゆが、塔のカードを指差す。
「正位置の塔の力よ! いまこそこの世界を破滅に導くのだ!」
「きゃあーー」
 塔のカードから光の柱がたった!
「い、一体何が……」
「フフフ……もうじき! この惑星に! 隕石が降り注ぐ! そしてこの世界を真っ白に! 太陽を遮り! 雪ですべてを真っ白に覆いつくすのだーーーー!」

24 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/11(水) 00:24:52
 地球崩壊のカウントダウンが始まっていた。
「皮肉なものだねぇ。この地球を破滅から救うための力が、自ら地球の破滅を導こうとしているのだからねぇ! ウヒヒヒヒヒ」
 月宮あゆが下卑た笑いを浮かべる。
『ううう、どうすれば……』
「もうおしまいですーー!」
「あはは……どうしましょう……」
「さぁ見届けようではないか! 白世紀の幕開けを!」
「ま、またカードを!」
「無駄だよ……何度やってもね……」
 天野はまたカードをめくった。
「正位置の死神!」
 月宮あゆがカードの種類を予言する。
 そして……。
 天野が引いたのは正位置の死神だった。
「も、もう一度!」
 天野はもう一度タロットをめくろうとする。
「正位置の死神!」
 月宮あゆの予言の通り、また天野が引いたのは、正位置の死神だった。
『当たってる……何度も正位置の死神ばかり……! どうして……』
「フフフフ……君たちの運命は既に決まっているのだ! 正位置の死神……それがお前たちの運命なのだァァァーーーー!」
『もうおしまいだよ! おしまいだよーーー』
 8歳児が恐慌状態に陥る。
「……ワクワクを思い出して」
 突然、舞が話し始めた。
「え?」
「思い出して……あのときのワクワクを。カードをめくるときのワクワク。クレヨンでいっぱい夢を描いたあの頃のワクワクを……」
『ま、舞……』
 三人が、我に帰る。
「そ、そうだよ。そうですよ!」
「そうですね……昨日のことなのに、もう忘れていましたよ」
 天野たちの顔から暗い表情が消えた!
「……?」
「またタロットをめくります!」
 そして!
「アゥゥゥーーーーー!」
 突然マコトが唸り出した。
「アゥー! 狐のDNAを持つあたしは、いま地球の危機を救うため、スペースフォックスに進化するのよ!!」
 マコトの姿が黄金の狐の姿になった!
「今こそ宇宙へ!」
 マコトは飛び立った。
『あたしも行くわ!』
 二人は宇宙へと旅立っていった。
 地上の天野たちは……。
「フン、何度やっても無駄だ! 正位置の死神!」
「すごいですね! 当たってますよ!」
「これは奇跡ですよ! 次もですか?」
「正位置の死神!」
「本当です! すごいです月宮さん!」
「何を楽しんでいる貴様らーーーー!」
「ワクワクしてきました……次に引くカードに私は夢描きます!」
「フン! 正位置の死神だ!」
 そして、たしかに引いたのは正位置の死神だった。いや、先ほどから何度も正位置の死神ばかり引いていた。
 だが! 天野はこの超が付くほどの奇跡の確率にワクワクしていた。
「このカードのイラストを描いたとき、私は思ったのです。未来は確かに怖い。恐ろしいこともある」
 天野は死神のカードを手に取った。
「ですが破滅の未来が覗いていても、暗示されていても、楽しい未来を思い描けば、きっと現実になるのです! 信じることによって!」
「馬鹿をいうな!」
「正位置の死神は破滅だけじゃありません……決着、再出発、再生……私たちはこの破滅の暗示からでも未来を思い描くのです!」
 正位置の死神のカードが光り輝いた!

25 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/11(水) 00:38:21
「正位置の死神が私たちの運命なのは分かりました。なら私たちはそのカードから未来を思い描くだけです!」
 天野はワクワクしながら未来を思い描いた!
「過去の呪縛から解き放たれる正位置の死神は、私たちが今必要なカード! ありがとう月宮さん。私たちを導いてくれて」
「何を言う! そのカードは貴様らの破滅を意味するのだーーーー!! もはや許さん……この街ごと消し飛ばしてやるわーーーー!」
 月宮あゆから強烈な光の矢が放たれる!
 だが!
「なぁぁぁ!? 光が弾かれた!」
「私たちは運命を乗り越えるのです! 正位置の死神を私たちに示したあなたが! それを教えてくれたのですよ!」
「ばかな……ばかなーーーー!」
 月宮あゆがかつてないほど動揺している!
「運命が……運命がみえる! みえる! ウグゥッ!」
 宇宙から降り注ぐ隕石が見える。
 破滅を示した二枚のカードは、この者たちに破滅をもたらすはずだった。
『隕石を食い止めるよ!』
『アゥゥーーーー!』
 二人が地球に迫る巨大隕石に向かっていく。
 だが……。
『む、無理だよ! ぜんぜん歯が立たない!』
『隕石が大きすぎるよ! もうだめ!』
(フハハハ! 地球は滅びるのだ! なにが運命を乗り越えるだ! 正位置の死神のとおり! 滅びされ人類ィィーーーー!)
 その時!
 光の矢が一直線に隕石に向かっていく。
 そして!
 隕石に当たった光の矢は、隕石の中に消えたかと思うと、内側から光を発した。
 そして……木っ端微塵に爆発した!
(な、なにぃぃーーーーーーーーー!?)
『や、やった! なんかよくわからないけど隕石がなくなった!』
 隕石の残骸が地球に降り注ぐ前に燃え尽きるのを眺めつつ、スペースフォックスことマコトと舞は、喜びにわいていた。
(運命を……運命を乗り越えたというのか……そんな馬鹿な!)

26 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/11(水) 01:22:28
「あ、流れ星だーーー」
 あちこちで流れ星が観測された。
 地球は救われたのである!
「グニニニ……自ら導いた運命を乗り越えるとは……だがだからなんだーーー!? この場で貴様らを滅することに変わりはないわーーー!」
 月宮あゆの光の波動が最大まで増幅される。
「天野さん!」
「ええ!」
「おのれ! おのれ天野美汐! 倉田佐祐理! 川澄舞! 我が運命は揺るがぬ! 揺るがぬのだぁぁーーー!」
 天野がまたタロットをめくる!
「ま、まて! 死神のカードなど出させぬ! 貴様の運命は私が決めてやる! この私の運命を操る力で!」
「どうしました? どんなカードが出されても、私たちに滅びの運命はありえませんよ?」
「舐めるなぁぁ! 今、我が運命力は最大ィィーーー! 引き当てろ! 悪魔のカード! 再び破滅の運命に恐怖しろーーーー!」
 天野は悪魔のカードを引き当てた。
「悪魔はエデンで人に知恵を授けた。その知恵は人々を多く殺し、多く人を救った。悪魔の登場により、古い固定概念は崩れた。悪魔は新しいアイデアと発想の転換を呼ぶ者の象徴! 理性は両刃……。破滅をもたらし、破滅を避ける知恵を悪魔は人類に与えた!」
 天野のイメージは膨らんでいく!
「知恵は人類を恐怖から、洪水、飢饉、氷河期による絶滅の運命から克服させた! 悪魔の与えた知恵は、悪魔を退ける力でもある! 正しく用いれば、火は悪魔を祓うのです!」
 天野から放たれた悪魔の炎は、悪魔を祓う聖なる炎となり、月宮あゆに襲い掛かる!
「おのれぇ! おのれぇぇ!! ちょこざいなぁぁ!!」
 月宮あゆが波動を放ち、火を払っていく。
「引け! 引け! 運命に打ちのめされよ! 塔のカード! 突然の破綻を意味するこのカード――神の怒りに触れた塔の住人は雷に打たれるのだ!」
 再び天野は塔のカードを引いた。
「バベルの塔は崩壊し、統一された言語は消え、様々な言語が生まれた。私はこう思う。運命はいくらでも解釈できるのだと。破滅という一つの意味だけじゃない! 神が裁いたのは、言語を! 思想を! 価値観を! 運命を! 一つに統一しようとすることなのです! それが壊されることによって、運命の囚人となり、身動きの取れなくなった人を解放する!」
 月宮あゆに雷が降り注いだ!
「ウギャァァァァアアアアア!」

27 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/11(水) 01:52:08
「す、すごいです天野さん!」
「私はもう運命に負けない。どんなカードが示されようとも……! ワクワクして思い描いたことが現実になる、どんな境遇でもワクワクして未来を思い描く。それを示すのが宇宙タロットの力なのですから!」
「ぐあああ……舐めるのもいい加減にしろぉぁぁああああ!? 次のタロットをめくるがいい……!」
「これで最後です!」
 天野がタロットをめくった!
「ヒヒヒヒ……引いたか!? 見るがいい! 貴様の最後を示すカードは! 23番目のアルカナ……エキストラナンバー! EX‐ザ・ライトルーラー!」
「えぇ!?」
「クククク、どうして私がタロットを操る力を持っていたと思うね? すべてはこのカードを貴様の宇宙タロットから呼び出すためだァァァァーーー!」
「これは……白紙のカード! 一体これは!?」
「これこそが……EX――ライトルーラー!」
 EXナンバー、ライト・ルーラーを引いてしまった!
「フハハハハ! ワハハハハ! アハハハハハハーーーァァ! 光の支配者の示すものは、すべてが破滅! もはやどのような運命の解釈も無意味なのだ!」
「ライト……ルーラー……」
 天野も佐祐理も舞も呆然と、白紙のライトルーラーのカードを眺めている。
「白に! 真っ白に! この世全てを白という白に染めつくすのだぁぁぁーーーー!」
『天野! 佐祐理!』
『アゥゥゥーー!』
 8歳児の舞と宇宙フォックスのマコトが駆けつける。
「すべてを白に染め抜けッッ! この世全てを白紙に戻すのだぁぁぁぁーーー! ライトルーラーは示す! 宇宙は破滅の光によってぇぇ! 破壊と再生を繰り返すのだぁぁぁーーー!」
 光がすべてを飲み込んだ!
「ワハハハハハハハハーーーーーーーー!」

28 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/11(水) 01:56:29
『この世全てを……白の光が覆い尽くすのーーーー!?』
 衝撃波が、一同を飲み込む!
「宇宙は破壊と再生を繰り返す……それが宇宙の営みなのだ! フハハハハ! フハハハハハハーー!」
「きゃああああああーーーーー!」
 天野とマコトが悲鳴を上げる。
「佐祐理……」
「舞……」
 二人は手を繋いだ。
 そして光があっという間にすべてをかき消した!

 …………。
 天野は眩しすぎる光の世界に放逐されていた。
(私は死んだのですね……)
 しかし疑問がわいた。
(どうして……? こんな力があるなら、どうして最初から使わないのですか?)
『宇宙は破壊と再生を繰り返す。破滅の光は本能的に恐れていたんだよ。君の想像力をね』
(誰ですか……?)
『ボクは月宮あゆだよ』
(!)
 天野が身構える。
『EXナンバーは白紙のカード。それが示……うぐっ……』
 声が突然切れ切れになる。
『未……想………………』
 そして声は途切れた。
(EXナンバー、ライトルーラーは白紙のカードだった……そしてライトルーラーは破滅の光そのもの。宇宙の営み……すべてを白紙に戻す……。破壊と、再生……)
 天野は目を開けた。すべてが一面白の世界であった。
(そうか……ライトルーラーは白紙……まだ描かれていないカード。そしてここは白紙の世界)
 天野は思い描こうとする。
(描けるだろうか……白紙のカードから……再生のシナリオを)
 だが……。
(ぐっ……描くことが……頭の中が真っ白に……)

29 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/11(水) 19:19:00
(ダメです……思い描けない! 頭が真っ白になってしまった……!)
 世界を救うためにはワクワクして白紙のライトルーラーから世界を思い描くしかない。
 だが……。
(ああ! 何も思い浮かびません! 世界の命運がかかっているのに!)
 思いつめれば思いつめるほど、何も浮かばなくなる。
(楽に、楽に考えるんですよ……気負いすることないんですよ。リラックスして、リラックスリラックス……)
 こう考えると少し楽になった。想像力も少し湧いてくる。
 だが……。
 どれだけ思い描いても、変化はなかった。
(ああ……! 楽しく描くなんて……やっぱり無理です……!)
 天野はもう投げ出したい気分だった。
(ああ、皆さんはどこにいったのでしょう……)
 一面が白紙の世界である。
(皆さんとお喋りできて楽しかったです……)
 天野は思い出した。
 川澄舞に助けられたこと。
 倉田佐祐理と共に遊んだこと。
 おてんばな少女たちがいたこと。
 どれも楽しかった思い出である。
「はぁーもう疲れましたよ……」
「私も力を使いすぎてお腹がすいた……」
「って、ええ!?」
「そうですねー」
「あぅー」
 いつの間にかみんながいた。
「ど、どうしてみなさんが……」
「……きっとあなたが私たちを思い描いたから」
 舞が天野の問いに答える。
「じゃあ……」
「白紙の世界に思い描いたことが現実になるのなら……私たちが手助けする」
「どうやってですか……?」
「……まずは食べ物から作る」
 天野は少し考え……。
「じゃあ……ここから少し行った先に牛丼屋があるということで」
 すると……。
 なんと本当に牛丼屋が出現した!
「本当にできた!」
「みんなで行きましょうよーっ」
 そこで牛丼を食べた。
 飯を食べていると、話が盛り上った。
 女が三人以上寄れば姦しい!
「はい! あのクレープ屋さんはかなりおいしいですよね!」
「百花屋のパフェも捨てがたいですーっ」
「肉まんは551よねーーっ」
「日本人は丼に限る……」
 主に食い意地の張ったものだった。
 そして……。
「なんで追いかけられてるんですか!?」
「それは無銭飲食だからですねー! 遊んだ後でしたし、食べ過ぎてお金足りなかったですよあははーー!」
「警察がきましたよ!?」
「あっちは商店街から出れる道ですね! 曲がりましょう!」
 そしてなんとか逃げ切ったが……。
「このまま警察に追われる身になったら、人生がおしまいですーー!」
「天野」
 うろたえる天野に、舞が語りかける。
「楽しいことを考えるの。ワクワクすること……子供の頃のように、自由な発想で思い描くの。そうすればきっと……」
 それを聞いてみな……。
「舞……」
「そうですね……」
 天野は無心で楽しいことを思い描いた。
「用紙はここにありますよー」
 そして何も考えずに、思いのままに書きなぐった!
「商店街に、おいしいパン屋があるんですよ」
「551もチェーン進出させてー!」
「おいしいお店が一杯この街にやってくるんですよー」
「それはいいですね! ここでなら実現可能ですよ!」
 やっぱり食い意地が張っていた!
「学校もテストがなかったりしたらいいですよねーっ!」
「漫画は無料でいっぱい読めるのー!」
「学食にいったら、すごく腕利きのコックさんがいて、メニューがいっぱいあってすごく安くていっぱい食べれて全部おいしいとかどうですか!?」
「テレビが一杯映る……」
 いつしか、様々な事柄に想像が及んでいく。
 天野の頭の中は、楽しくワクワクするような想像で一杯に満たされた!
 そして!
 ライトルーラーによって白紙となった世界が、再生されていく!

 天野たちを飲み込んだ光がカードに収束していく。
「馬鹿な……そんな馬鹿な!」
 月宮あゆが声をあげる。
 ライトルーラーのカードは、もう白紙ではなかった。
 子供の頃と同じように、天野は白紙のタロットカードに自由な発想で夢一杯に描ききったのだ。
「光の支配は塗り替えられたのですよ」
 月宮あゆと、現世に舞い戻ってきた一同が対峙する。
「この世界が……この世界が真っ白に……真っ白に染まったはずなのに! 馬鹿な! 馬鹿なーーーーー!!!」
「あなたの導いたライトルーラーのカードが、宇宙タロットによってその力を示すのです」
 世界を作り出すほどの天野の想像力で絵柄を持ったライトルーラーが、光を放ち、月宮あゆを包み込んだ!
 そして月宮あゆを包み込んだ光が収縮していく!
「ぬギャァああああああああーーーーー! 光を……! もっと光をぉぉぉぉーーーーーーーーーー!! ギャァアアアアーー!!」

30 名前: 公僕 投稿日: 2006/10/11(水) 20:21:21
「終わりました……」
 破滅の光は、その象徴たる白紙のライトルーラーの塗り替えによって完全に姿を消した。
 目の前には、月宮あゆが倒れていた。
『操られていたこの子も、他のみんなも、きっと元に戻ったよ……天野、あなたのおかげだよ』
「私は……」
 天野は宇宙タロットを見つめる。
「皆さんのおかげです。今までの私は暗い過去に縛られて、暗いことばかり考えていた。でも皆さんのおかげで、子供の頃のワクワクを思い出せたんです」
「天野さん……」
 天野はタロットから一枚のカードを取り出した。
「一人だけだったら、きっと私は運命を乗り越えることは出来なかったでしょう……」
 みんなで描いた宇宙タロットの最後のカードを、天野は見つめる。天野はそうして微笑んだ。
 みなもつられて、笑い合った。

 その後……。
 雪に埋もれた学校は元通りになり、授業が再開された。
 みなもそれぞれ、日常に戻っていった。
 天野は、学校でタロットによる占いを行い、人々を導いていた。
 当たると評判で、なかなかの盛況である。
「わたしの友達が、悩み事を抱えてるんだけど、わたしはどうしたらいいのかな……? 最近、冷たいの……」
「そうですね……タロットは……」
 天野はタロットをめくった。
「正位置の死神……ですね」
「えぇぇぇええーーー!」
 少女が驚く。
「ご安心を。これは運命を乗り越えるカードです……。一度仲違いした者たちが、再び運命を乗り越えて一つになる……。そんな意味でもあるのです」
「そうなんだ……」
「過去の呪縛から解放される……そう暗示されています。カードはいくらでも解釈できる。大切なのは、一つの意味にだけ囚われないことなのです。あなたのご友人も占ってみましょうか?」
「お、お願いします!」
「そうですか……。おや、同じカードでした」

 校舎で外を眺めていたら、いつぞやの少女が校門にいた。
 すると同じように男が、その少女を見つめている。
 それが天野と相沢祐一との出会いだった。
「消えます。初めからいなかったかのように」
 天野はかつて光の使者に予言されたとおりに、その事実を伝えた。
「天野……」
 天野は今まで張り詰めていた顔を解いて、急に優しい微笑を浮かべた。
「そうだ相沢さん。タロットで占ってみませんか? 未来を……いえ、なんでも構わないのですが」
「こんなときに占いかよ」
「当たると評判なのですよ?」
 祐一は少し迷った末に……。
「わかったよ」
 そしてタロットをめくる。
「おやこれは……」
 引き当てたカードをみて、天野が唸る。
「これじゃ何にもわからないじゃないか」
 そのカードを見て、祐一が文句を言った。
「ええ、たしかに。ですがこれは……」
 天野はそのカードの意味を伝える。
「破滅の運命を乗り越える。未来を切り開き、自分たちで作っていける。この白紙のEXのカードはそんな意味です」

【終わり】

公文書館へ同人小説へ


inserted by FC2 system
jbbs